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相談役コラム
有限会社 はなみずき薬局
相談役  荒浪 元介
明治初期、薬用植物、薬品分析、合成から始まった我が国の薬学教育は、幾多の変革を遂げ、現代の医療社会に貢献できる薬剤師育成へと変わりつつあります。
従っていま薬剤師に求められるのは、幅広い臨床薬学の知識と同時に「他人への深い思いやりのある心」、言い換えればお客様(患者さん)の心を読むことのできる高い資質(感性)をもった薬剤師です。
お客様は千差万別・多種多様です。ならば私たちも専門知識はもちろんですが、接客力や経営感覚、他人の痛みがわかる優しさ、ときに絵や文章の才能、ユーモアセンス等々、千差万別・多種多様な個性や趣味をもった薬剤師集団でありたいものです。
斯くいう私も若い頃から合唱や器楽演奏を楽しんできました。お互いの個性を認め合い、協力し得たその喜びを分かち合う趣味は仕事と相通ずるところがあり、私の人生の大きな支えとなっています。
「よく働き、よく遊ぶ」。これは永遠の真理であり、我社のモットーです。
来たれ!思いやりの心のある薬剤師。共に働こう!趣味多き薬剤師。そして、単なる調剤薬局の枠を超え、お客様の様々な暮らしのシーンを的確にイメージし、「心にも効くクスリ」を常に発信できるケミステーションを築きましょう。
高齢者とインフルエンザ
H29年1月
欧米では古くからインフルエンザは「老人の最後のともしびを消す病気」と言われております。私ども高齢者にとって「かぜ」の予防に心がけることが肝要です。
では「普通のかぜ」と「インフルエンザ」はどのように違うのでしょうか。
「かぜ」は医学的に「かぜ症候群」と呼ばれ、鼻水、咳、喉の痛み、更に発熱等の症状のことをいいます。そしてその原因の90%が「かぜウイルス」でその中にたくさんのウイルスがあって、広い意味ではインフルエンザもかぜ症候群の一種になるわけです。しかしインフルエンザは潜伏期間が短く伝染力も強力で、高熱と全身倦怠感が顕著のため体力の消耗が激しく、高齢者が感染すると肺炎を合併しやすく死亡率も成人子供に比べ大変高いため恐れられています。
一般に高齢者は免疫力が低いため、インフルエンザの感染により体力も弱まりやすく、食欲低下により栄養状態が悪化し特に下気道が炎症を起こしやすく肺炎になりやすくなると考えられております。
インフルエンザが流行している時、高齢者がいつもより食欲がなく、咳の時黄緑色の痰が出たり、脈が速く、荒い呼吸をしているときは早く医師の診断を受けることです。
また、インフルエンザに罹っている子どもさんと同居のおじいさん、おばあさんは子どもさんから感染しやすいので特にご注意が肝要です。これは子どものインフルエンザは大人に比べウイルスをまき散らす期間が長く、熱が下がって元気になってもだらだらとウイルスの排泄が続くからです。
近年インフルエンザに効く薬が出ておりますが、この薬は発病初期遅くても48時間以内に服用しなければあまり効果がありません。そしてB型よりもA型ウイルスに有効ですが、子どもさんへの副作用が問題になっております。
簡単な予防法でうがい(水でも効果があります)、手洗い、洗顔もウイルスを洗い落とす効果がありますので外出のあとは是非励行してください。しかしなんといっても肝要なことは十分な睡眠と栄養が一番です。「備えあれば憂いなし」本年一年の皆様のご多幸をお祈りいたします。
キノコの効用
H28年11月
秋もいよいよ深まり実りの季節です。
天然の食材の中で、免疫強化に役立つものの代表にキノコ類があります。免疫力は加齢と共に徐々に低下します。これは免疫の指令を司るT細胞(病原体を識別して防衛の指示を出す働きをする)が心臓の前にある胸線という器官で作られていますがこの胸線は加齢とともに萎縮していき、60歳では最大時の40%までに縮まってしまうからです。
免疫系の老化現象はすでに20代がピークでその後徐々に低下するといわれており、高齢者に癌や感染症が多いのはこのことからも頷けるわけです。
2000年前の中国の医療書にもすでにこのキノコ類の薬効が認められており、不老長寿をはじめ重病に用いられておりました。キノコは菌類の一種である真菌類に属しており、グルカノンという成分が含まれています。この物質にはアルファグルカノン、ベーターグルカノンの2種類があり、ともに免疫増強効果が証明され、癌や感染症に利用されるようになりました。
霊芝(マンネンタケ科)は中国では不老長寿の薬として古くから使われております。メシマゴブ(タバコウロコタケ科)は長崎県の女島(めしま)に多く自生している桑の古木に寄生するキノコの菌糸体の人口培養液から得られたもので、またシメジ科に属するキノコの一種マツタケの人工菌糸体成分などともに抗がん作用があることが報告されております。さらに瑞芝(商品名)はシイタケの菌糸体を培養し酵素分解した特殊成分で、インフルエンザの予防として話題を呼びました。カワラタケが成分である「クレスチン」はすでに30年程前から制癌剤として病院で処方されております。
有名な漢方処方「猪苓湯チョレイトウ」の主成分猪苓(チョレイ)はサルノコシカケ科で原植物はチョレイマイタケと呼ばれ、カシワ、ブナ等の根際に出る菌類です。利尿作用や消炎作用があるので泌尿器科でも尿路結石の患者さんによく処方されております。
このように日頃使われている食材の中には松茸をはじめ、しめじ、椎茸、なめ茸、また麹菌を利用した味噌、金山時などの菌類の中には免疫を高めるものがたくさんあります。
これら素晴らしい日本食材の恩恵に改めて感謝し、健康な日々を過ごしたいものです。
サフラン
H28年10月
 透明のガラス瓶に入っていたサフランが調剤室から姿を消したのはいつごろだったでしょうか。
 父が薬品棚の瓶から赤褐色の細い糸のようなものを慎重にピンセットで取り出し、上皿天秤で秤量しているのを見て、何かとても高価な物を扱っているのでは、と子供心に思った記憶があります。後にそれがサフランの雌しべであることを知りました。
 以前スペインのバルセロナを出発地として、首都マドリッドまで1週間ほどの旅をしました。バルセロナから穏やかな地中海沿岸に沿ってバレンシアへ。そこから少し内陸部のクエンカを経由して、小説「ドン・キホーテ」の舞台となりまた風車で有名なラ・マンチャ地方を訪ねました。添乗員の説明によると、ラ・マンチャは品質でも生産額でも世界一のサフランの生産地であり、秋には広い畑に見渡す限り淡紫色のサフランの花が咲くということです。私たちが訪れたときはすでに収穫が終わった後で、赤茶けた大地の彼方に風車だけが点在しておりました。
 サフランは雌しべの部分が利用されるので、サフランの花が開かないうちに摘み取らねばなりません。収穫期には花をまるごと摘み取って家に運び、そこでさらに雌しべの柱頭(3センチほどの紅色の部分)を摘み取る作業は農家にとっては大変なことでしょう。100gのサフランを得るのになんと1万5000から2万もの花が必要とのこと、サフランが高価である訳が理解でした次第です。
【薬 効】
 公定書には薬理作用として、子宮収縮作用、止血作用が明記されております。漢方では血液の流れを改善する薬として、冷え性をはじめ血色不良、生理不順による生理痛やお産後のトラブル、さらに冠不全による狭心痛、打撲捻挫による内出血などに用いられています。
参考資料 日本薬局方 12改正版
薬草カラー図鑑 伊澤一男著  主婦の友社
漢薬の臨床応用 中山医学院編 医歯薬出版
紫根(シコン)と紫雲膏
H28年8月
 「紫雲膏」は世界で初めて全身麻酔により、乳がんの摘出手術(1835)をした江戸時代の名医華岡清州により、考案された漢方処方の軟膏です。
 紫雲膏の主薬である紫根はムラサキ科のムラサキ(紫草)という植物の根で、中国の古典医薬書「神農本草経」に紫草(ムラサキ)の名で収録されており、内服薬と同時に軟膏の原料として用いることが記されております。
 紫草はかつて日本各地のほか朝鮮半島、中国、シベリヤ等と東アジアに広く分布していました。この植物は典型的な草原の植物で、もともとびっしり群生するような植物ではなかったようです。
 30数年前になるでしょうか、箱根湯本から元箱根まで「十六夜日記」(1283)に在る古道を辿ったことがあります。遠くの山の中腹に白い小さな花が咲いていましたので、その夜宿屋の主人に尋ねたところ、それはセンブリの花でした。乱開発や根こそぎ持ちかえる薬草マニアのため、最近めっきり減ってしまったと嘆いておりました。紫草もセンブリと同じ運命だったのではないでしょうか。現在の武蔵野は全くその影をひそめてしまったようです。
紫の ひともとゆえに 武蔵野の 草はみながら あわれとぞ見る (古今集)
(むらさき草がたった一本生えているだけで、武蔵野の草花は全部いとおしく思われる)
 紫根染めと言われる草木染めはかなり古く、中国で最初に始められ、紫根という名も中国の紫草から命名されたといわれております。
 紫根から採る紫色は高貴な色と同時に、色落ちしない高級染料として高い評価を得ておりました。現在ムラサキの根は入手が難しく、主に中国産の軟紫根が使われている様です。
 紫根の抽出液は抗炎症、抗浮腫、創傷治癒促進の薬理作用が報告されております。従って紫根の成分が入っている「紫雲膏」は、面積の広い重度の火傷にも鎮痛、水泡阻止、皮膚修復促進の効果のあることが報告されております。熱湯などによるやけどの時には、水で冷やした後にすぐ塗ればほとんど水疱も出来ずに治癒します。またしもやけ(凍傷)、切り傷、床ずれにも効きますので、ご家庭の救急箱の中に備えていただければ大変重宝かと思います。なお紫雲膏には胡麻油、豚脂などが調合されておりますので、なるべく冷所に保管して頂きたいと思います。
桑(くわ)
H28年6月
 蚕(かいこ)は口から糸を吐き出し、途中ほとんど休憩しないで我が身を保護する繭をつくります。従って一つの繭は一本の長い繊維で出来ております。人がこの繭から糸を引き出し、これで織った布(絹)は他のどの繊維の布よりも薄く、軽く、強く美しい光沢があり絹は古代から中国の重要な物産でした。 蚕は桑を食べる「蛾」の仲間で、ミツバチとともに家畜化された数少ない昆虫の一つであります。第二次世界大戦が終わる頃まで、日本の農村とくに山村では、蚕の飼育のため桑が栽培され、日本列島には桑畑が広がっていました。
◎生薬「桑白皮(そうはくひ)」
 桑の根の皮から表面のコルク皮を除き、白く繊維性の皮部だけにしたもので、成分が未だ特定できておりませんが、血圧降下、弱い利尿、鎮痛、血糖降下、抗炎症などの作用が報告されております。
 漢方では風邪、インフルエンザ、扁桃腺炎等の熱性の痰に用いられ、四肢に冷えがあったり、寒気を感じる時は用いらないで下さい。
 一般的に桑白皮が処方されている「五虎湯(ごことう)」「清肺湯(せいはいとう)」などは喘息に用いられております。
◎葉も実も枝も
 桑葉は葉を乾燥したもので、民間薬として鎮咳、解熱、眼の充血などに使われ、また新鮮な葉は乳汁を出しムカデにかまれた時塗布するといいと言われています。
熟した果実は食用になりますが、乾燥した生薬は桑椹(そうじん)といい、滋養強壮剤の効果が伝えられています。また桑の実で作るワインや、米麹で発酵した桑椹酒(そうじんしゅ)も五臓を補い強壮剤として利用されています。
 桑の若い枝は脚気の浮腫や関節に水のたまるもの、リウマチ様関節痛に用いられ、さらに桑の枝の部分を燃やした灰を桑紫灰と称し止血の効果が伝えられております。
 現在でも「桑白皮」は漢方治療には欠かせない重要な生薬の一つであります。
参考資料 読みもの漢方生薬学 木村孟淳著
新古方薬嚢     荒木性次著
朝日百科 世界の植物(朝日新聞社)1977-80
黄柏(オウバク)
H28年5月
 まだ私が小学生の頃、店の一番奥にあった薬品棚に、筆で「黄柏末」と「当薬末」と書かれた二本の広口のガラスのポンド(500g)瓶がありました。思うに、物心ついて私が初めて出会った生薬はこの黄色のオウバクと褐色のトウヤクだったかもしれません。
 生来腸が弱かった私は、軟便になると祖母はこの黄色いオウバク末を砂糖と混ぜて飲ませてくれました。また五歳年下の弟がいつまでも親指をしゃぶっているので、その指先に苦みの強い当薬(センブリ)の粉を塗られていたことを記憶しております。
 黄柏は山地に自生する落葉樹で幹は灰褐色でコルク質が厚く、傷つけると内側に鮮黄色の皮があって味は極めて苦く、初夏でないと皮が剥がれないので6~7月頃10年以上の木の皮を剥ぎます。外側のコルク層を除き内皮を取り出して日干で乾燥し製品とします。
 公定書日本薬局方収載の薬理作用によれば、オウバクの主成分ベルベリンには黄色ブドウ球菌、赤痢菌、コレラ菌等に抗菌作用のあることが記載されております。特に腸内の病原菌に有効ですので腸内異常醗酵、細菌性下痢、腸カタルに応用されます。また尿路感染症、血圧降下、血糖降下作用もあり、さらに腫瘍の細胞の機能を低下させる結果、免疫性を高めることが報告されております。漢方では下半身の炎症を治すので充血、出血、黄疸、下痢などに用いられます。オウバクは「梔子柏皮湯」をはじめ「温清飲」「黄連解毒湯」「黄解湯」など多数の漢方処方に配合されております。
 奈良法隆寺に残されていた、世界最古と言われる印刷物「百万陀羅尼」という和紙の経文(1756-1770)が現在でも虫食いもなく保存されており、調査の結果この和紙にオウバクの汁が浸してあったことが判明しました。昔建造物の土台にオウバクの汁を塗ったり、床下の根太などにオウバクの木を用いたのはオウバクに白蟻を防ぐ効果のあることを知っていたのですね。先人の知恵に驚くばかりです。
参考資料  日本薬局方(第十二改正)
読みもの「漢方生薬学」 木村孟淳著
静岡県 身近な薬草 上野明著
胃ぐすり今昔
H28年3月
 胃は大きなそら豆の形をした中空の容器で、食べ物が入ってくると噴門と胃体部が弛緩し、胃の容積が大きくなります。
 一方、胃の下部幽門はリズミカルに収縮して、食べ物を胃酸や酵素(胃液)と混合して、消化しやすいように小さく粉砕します。
 胃の中は分泌される胃酸で強い酸性であるため、食べ物と一緒に侵入した様々な細菌による感染が防止され、同時に消化酵素の働きも活発となり食物(タンパク質)の消化がスムーズに行われます。
 従って胃酸の分泌が低下しますと食べ物の消化が悪くなり、食欲も低下します。逆に胃酸の分泌が過度になりますと胸やけや、胃の粘膜の炎症により胃痛、さらに進行すると胃潰瘍になり、胃は一番ストレスを受けやすい臓器です。
 私が初めて病院(現在の市立藤枝市民病院)に勤務したころ、急に体重が4キロほど減りました。当時肺結核が多かったため、院長の二階堂先生が大変心配して下さり、胸のレントゲンや、いろいろな検査をしてくれましたがどこにも異常はなく、恐らく環境の変化によるストレスが原因だったのではないでしょうか。
 その後時々胸やけがあったので、胃酸の分泌を抑える薬を常用しておりましたが、症状はあまり変わりありませんでした。
 3年後新設の島田市民病院に転勤、まだ胃の調子がおもわしくなかったので、内科の先生に相談した結果、胃液の検査(当時はゴム管を飲み胃液を採取)を受けることになりました。検査の結果、胃酸ゼロ。今まで全く逆の治療をしてきたわけです。
 社会環境(夏は冷房で汗もかかない生活、ストレスの厳しい職場)が変わり胃酸過多症が多くなったためか、最近は胃酸の分泌を抑える薬が主流となりました。
 胃酸分泌抑制効果も昔の薬に比べ格段に強く、胃潰瘍に有効な薬も多く処方されていますが、高齢者にはいろいろな副作用(肝機能低下等)もあり、前立腺肥大、緑内障の方は禁忌となっております。
せき
H28年2月
今回は気管支炎に伴う咳について簡単にご説明いたします。
<急性気管支炎>
風邪やインフルエンザに続いて起こることが最も多く、刺激性のガスや、ほこりを吸っておきます。痰ははじめ水のようですが、次第に膿のようになり、痰のなかにビールスや細菌が見出され、一般の咳止薬は無効で抗生剤の服用が必要です。部屋の乾燥に注意し、安静休養が肝要であります。
<気管支ぜんそく>
いろいろな刺激に対して気管、気管支の反応が過敏になり、広範囲の気道の収縮が起き、人により喘鳴(ゼイゼイ、ヒュウヒュウ)を起こします。
アトピー型(アレルギー反応が原因)、感染型(気道感染や化学物質などにより気道が敏感になる)混合型(両方の特徴が重なっている)、さらに特殊な型としてアスピリン喘息(アスピリン服用で起こる)、心因性喘息(ストレスが原因)、運動誘発性喘息(過激な運動により起こる)等いろいろなタイプの喘息があります。
 治療薬としては、症状を治すために気道炎症を吸入ステロイドによりコントロールしたり、痰を出しやすくするために気管支拡張剤や去痰剤(痰を溶かす薬)が用いられます。一般の咳止薬は無効でかえって症状を悪化させることがありますので喘息患者さんは要注意です。
 60代の半ば、高校の同級生の友人家族と日本百名山の一つ「雨飾山」に登山しました。深田久弥はその著書「百名山」の中で「品のいい美しさに魅せられた山」と雨飾山を紹介しております。妙高連峰の西端に聳え、日本海に通じる大糸線南小谷(おたり)駅で下車し、近くには小谷温泉、雨飾温泉があって静かな山旅が楽しめる標高2000メートル弱の山です。
 昔は「慢性気管支炎」「肺気腫」等診断されていましたが、今はまとめて「慢性閉塞性肺炎」と診断されています。
 原因のほとんどが「たばこ」といわれておりますので、愛煙家で日頃息切れの症状のある方は一度呼吸器の専門医に受診されることをお勧めいたします。
 この慢性閉塞性肺疾患で脳血管障害や胃潰瘍、骨粗鬆症など様々な合併症を引き起こすことが報告されております。中年以降の方はご注意願いたいと思います。
秋雑感
H27年11月
 秋も日毎に深まってきました。山頂の新雪もやがて根雪となり、紅葉も終わりを告げる季節になりました。
四季折々に変化する山の季節の風景に魅せられ、50代から60代は重い三脚を背負いよく山を歩いたものです。
なかでも上高地周辺の四季の風景は素晴らしく、特に厳冬の上高地は夏の喧騒からは想像できない静寂の世界となり、私の一番好きな撮影地です。暗闇の中滑らないように懐中電灯で足元を照らし、梓川に沿って造られた釜トンネルの上り道はいつも緊張します。トンネルを出ると雪深い緩やかな上り坂の道となり山に来たなという実感がわき、ひたすら夜明けの大正池を目指して歩いたものです。
 60代の半ば、高校の同級生の友人家族と日本百名山の一つ「雨飾山」に登山しました。深田久弥はその著書「百名山」の中で「品のいい美しさに魅せられた山」と雨飾山を紹介しております。妙高連峰の西端に聳え、日本海に通じる大糸線南小谷(おたり)駅で下車し、近くには小谷温泉、雨飾温泉があって静かな山旅が楽しめる標高2000メートル弱の山です。
その年は少し夏バテ気味で体調があまり良くなかったこともありましたが、登り始めて一時間くらいで気分が悪くなり、呼吸も苦しくなって道端に座ってしまいました。今までこんな経験は一度もなかったので心配になり登頂は断念、幸い家内同伴の山行でしたので友人家族が登頂から戻るまで、家内に支えられ登山道の脇で待つことにしました。2000メートルに満たない山でしたが友人たち家族も半数が途中でバテてしまったらしく、全員が登頂できなかったようでした。
最近中高年の山での遭難が少なくありません。気持はいつまでも若く変わらないものですが、身体機能は年齢相応に衰えていくことを認識自覚し、山仲間と楽しい山歩きをすることが肝要ではないでしょか。
さつま芋雑感
H27年10月
 朝夕の冷気がことのほか心地よく、豊かに稔った稲穂の上をアキアカネが飛び交い、秋たけなわとなりました。
 この季節になると「栗ゆで」と称し、さつま芋や栗、さと芋を茹で神棚にお供えし、家族そろって食べた幼い頃を思い出します。
 戦中戦後さつま芋は主食として、日本人の命を守ってくれた貴重な食料であり、また私にとっては忘れられない思い出があります。
 旧制中学三年の春(昭和22年)、私は風邪が長引き微熱が続いたので町の開業医に診てもらったところ、軽い結核の診断を受けました。終戦間もないころで食糧事情が悪く、肺結核で命を落とす若者も少なくありませんでした。結核の宣告は暗い人生を予告するもので私はショックでした。
 まだ結核治療薬もない時代、医師からは「安静休養と十分な脂肪栄養分を摂るよう」という指示だけでした。心配した母は北海道帯広に住んでいる従姉妹に、酪農家の自家製バターを送ってもらうよう手紙で頼みました。
 母は以前帯広の従姉妹を訪ねた時、ご馳走になった自家製のバターを思い出したと言っておりました。数日後北海道からバターの小包が届いたので、早速さつま芋とバター食の開始です。蒸かしたてのさつま芋の上にバターを乗せるとバターの塊はすぐ融け味も美味しく、当時としてはかなり贅沢なものでした。
 主食として毎日このバター塗りさつま芋を食べ、医師の指示通り安静生活を送りました。体重が増えてくると微熱も出なくなり、私は健康を取り戻し無事高校に進学できました。さつま芋は私の命の恩人、今でも温かいさつま芋に妻が驚くほどのバターを塗り美味しく食べています。
【成分と効用】
 さつま芋には糖分が30%含まれ、カルシウム、ビタミンが多く、また貴重なカロテンは芋100g中50mg含有(緑黄野菜と同じ)、さらに繊維質も多いので腸の運動を盛んにします。また生芋を切った時出る白い乳液はヤラピンと呼ぶ樹脂で腸内の掃除をする働きがあります。
トリカブト(附子(ぶし))
H27年9月
 かつて南アルプスの千丈岳に登った時、雪渓のように見える花崗岩の甲斐駒ケ岳を背景に、トリカブトの花が咲き乱れていました。
 登山道で見た、その紫色のトリカブトの花は美しいというより、私には何か強烈な色にみえ、今でもその光景が目に浮かびます。
トリカブト植物は、北半球に分布しており、日本及び中国に約70種前後が存在していると言われております。その形が舞楽に使う冠に似ているところから、トリカブトと呼ばれるようになったと言われております。また主根様の塊根は両脇に翌年発芽する子根が出て、これを附子と呼んでいます。花の時期には、当年の塊根は萎縮して子根が充実してくるので、薬用に使うのはこの附子ということになります。
 トリカブトは洋の東西をとはず、昔から薬用に供されてきましたが、その猛毒性のゆえに、西洋では今日ほとんど使われておりません。
 また日本の科学者たちも、その毒物成分の研究のみに専念し、むしろ臨床への利用には批判的でした。
 しかし中国では2世紀頃から、様々な方法で減毒処理が考案され、虚弱者の体質改善をはじめ、新陳代謝機能低下、血行障害、心臓衰弱等の治療目的で附子は漢方薬として今日まで用いられてきました。
 この伝統ある漢方医学を自ら実践してきた漢方医の巨匠大塚敬節は、「附子の含有成分の中の薬効を表す成分は、毒性を代表する成分とは別らしい」と指摘し(1951)、それより5年後、同じく漢方医矢数道明が、附子の成分の中に、毒性成分のほかに強心作用のある成分のあることを発見しました。更に十数年後、静岡薬大の小菅教授らにより、その物質の化学構造が解明され、血液量増強作用のあることも証明されました。
 このように近年になり、トリカブトの薬用としての研究が進み、猛毒物質(アコニチン)は水の存在で加熱すると、分解されその毒性だけが150分の1に弱毒されることが判明し、中国古来の水と熱処理が安全かつ有効であることが再確認されたわけであります。
参考資料 東京薬科大学名誉教授 川瀬清  「漢方薬学概論講義プリント」
読みもの漢方生薬学(木村孟淳)
薄荷「ハッカ」
H27年8月
 私がまだ中学生の頃、神座には水量豊かな小川が幾筋か流れていました。神座に通じる県道の北側に沿って流れる小川や、オレンジタウンから東に少し離れたところにあった大きな池には、鯉やフナをはじめ多くの種類の魚が生息していたので、釣り好きの父に連れられよく通ったものです。
 ある時、小川の緑に生えている雑草を摘むと、強いハッカの香りがしました。父に聞いたところ、家で売っているハッカ油やメントールがこの植物から抽出することを教わり、こんな身近なところに薄荷が自生していることに驚いた記憶があります。
 メントール(薄荷脳)の製法は簡単で、刈り取った薄荷を直ぐ多量の水とともに釜に入れ、沸騰させて蒸留します。蒸留され水に浮いて来る精油を集めたものを取卸油(とりおろし油)と称し、この取卸油をゆっくり冷却すると主成分である薄荷の結晶が出て、その残りの油分がいわゆる薄荷油です。
 私が子供の頃、咳が長引くと祖母がごく少量の薄荷油をお湯に薄め、それを布に湿らせて、寝る時胸に湿布してくれたものです。清涼な香りとともに胸がスーッと開いていくような感じがして、とても気持ち良く眠れた記憶があります。赤ちゃんが咳の時に胸に塗る、市販のヴェポラップと同じ原理ですね。
 さて蒸留された薄荷油には70%のメントール(薄荷脳)が含まれております。有効成分のメントールは胃を軽く刺激し、さらにその芳香性や清涼性により反射的に食欲を亢進し、消化吸収を助け、またガスによる腹部膨満感に効くので胃腸薬に処方されております。
 局所作用として、皮膚に冷感を与え知覚神経を刺激し、同時に知覚の鈍麻作用があるので、筋肉痛の外用薬(メンソレータム、トクホン等)として皆さんに親しまれております。
 漢方薬では更年期障害などに良く用いられる「加味逍遥散」や肥満、高血圧などに使う「防風通聖散」等をはじめ漢方処方に薄荷は配合されております。
 日本産より香りの良いセイヨウハッカがペパーミントで、歯磨き、チューインガム等に利用され、西洋では薄荷は多くの家庭で栽培され、肉料理の消臭に欠かせないものになっております。
紅花(べにばな)
H27年6月
私が病院勤務を辞し家業を継いだ頃のことです。成人病が注目され始め、高脂血漿症の予防として、コレステロールの高い方に植物性油が薦められ、その代表に紅花油が登場しました。当時はまだスーパーもなかったので薬局の店頭に紅花油1k缶を陳列し、よく売れた記憶があります。
古代日本では紫根(紫草の根から採った染料)とともに高い階級を示す染めものとして女官は紅花の紅色も使っておりました。万葉集の中にも上流の女性が衣を赤に染め異性の歓心を得ようとする歌が多数あります。
紅(くれない)の花にしあらば衣手(ころもで)に染めつけ持ちて行くべく思ほゆ(万葉集巻十一の2827)(もしあなたが紅花であったならば、着物の袖に染めつけて持ってゆきたいと思われますよ)
ヨーロッパでは花は便秘薬、発汗下熱剤、皮膚病に広く応用されていますが、漢方では更年期障害、冷え性等婦人領域にも応用され、折衡飲(せっしょいん)(生理痛)通導散(つうどうさん)(更年期の便秘や強い打撲による内出血)治頭瘡一方(じずそういっぽう)(皮膚病)など漢方処方に紅花が配合されております。
民間療法として、婦人病一般(産前産後や生理痛)には、良く乾燥した紅花3gから5gを1日量とし煎じて3回に分服します。
余談ですが、紅花にはトゲ(葉が変化したもの)の非常に多い品種と、ほとんどトゲのない品種とがあります。本来紅花はトゲが多いと記載されていますが、現在栽培されている紅花にはトゲがありません。5000年に及ぶ栽培歴史の中でトゲの少ない品種が大切にされ、トゲの多い品種は扱いが悪いので捨てられてきたようです。またトゲなしの品種の方が遺伝的に優勢のため、近くにトゲなし種があるとトゲのある品種の子孫は次第にトゲがなくなってしまうようです。なにか人間社会に似た所がありますね。
参考資料 読みもの「漢方生薬学」 木村孟淳著
薬草カラー図鑑(1) 主婦の友社
心身一如
H27年5月
 若葉の美しい季節となりました。今が一年中で一番気持ちのいい季節です。
 子どもの頃水遊びした向谷水神山の周辺は、現在水辺もなく、上流から運ばれてきた種子が自生し、昔の河川は見事な樹林が生い茂って、その中を大井川マラソンコース「リバティー」が通っております。
 拙宅からコースの折り返し点、第二東名大井川鉄橋の下まで往復50分。私のウォーキングコースとなっています。早朝小鳥のさえずりを聞きながら、風薫る新緑の中のウォーキングは身も心も壮快となります。
 おかげで以前よく苦しんだ足のこむら返りも解消し、朝食も美味しく、また早起きになったせいか就眠もスムーズとなり、恵まれた自然環境にも感謝しております。
 さて健康の「健」はからだを丈夫に強くすることで、「康」は心がやすらかであることです。
 したがって心と体のバランスが良く「健」でなければ真の健康とは言えません。
 東洋医学ではこの美しい空気と自然の気を十分に取り込み、適度な運動を行い、心をおだやかにすることを心身一如と言い、健康づくりの基礎と考えております。
 さらに経絡(つぼ)を利用した鍼灸をはじめ、快眠、快食、快便等日常の生活の中での養生に重きをおき、本来人間に備わっている自然治癒力を高める療法を「導引法」と称し、永い漢方療法の歴史の中で実践されてきました。
 例えば、入浴は浮力でからだを軽くし、静水圧が加わり、体内の老廃物が排泄され、新陳代謝を盛んにします。また温度で筋肉の緊張をほぐすので、ストレスと疲労の人には有効であります。
 足の裏の刺激と脚の運動は血液循環を改善し、経絡の渋滞を解消すると言われております。
 早朝爽快な気分でウォーキングすることも導引法であり、日々怠りなく健康に配慮すれば、内臓の働きや、内分泌(ホルモン)を整え、老化防止に大いに役立つのではないのでしょうか。